DJインタビュー:フロッピ vol.1

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人間廃業ことフロッピ。
この謎の多い男に迫るインタビュー企画第一弾です。

―幼少期の話を。
「あ、まだ外国に住んでた頃の話?」

―小さい頃はどんな音楽を聴いていたんですか?
「小学校はマイケルジャクソンとかゴーストバスターズのサントラとか···日本のだと喜多郎とか姫神は聴いてたかなあ。
その辺の音楽は今に繋がる何かがあるかも。」

―それは誰かの影響ですか?
「いや、別に。映画とかも洋画しか見てなかったなあ。日本のモノ=ダサいと思ってたからね。
···といいつつ喜太郎聴いてんだけど。とにかく日本の歌がダサいと思ってたんだよね。」

―まわりの友達とかもそういう音楽を聴いてたんですか?
「友達は、光GENJIとか···WINKとか…当時の流行を聴いていたね。」

―ちょっと時代を感じちゃいました。
「小学生から振り返ると、あまり音楽を聴いてたって覚えは無いなあ。周りも音楽聴いてるやついなかったし。」

―どんな小学生でした?
「えー···普通の子だよね。特徴何もない。」

―フロッピさん、からかわれやすいタイプでした?今ってよくからかわれてるじゃないですか。
「からかわれてないよ!からかっても面白くなんね〜ぞこいつはオーラ出てたと思うし。」

―小さい頃の楽しみについて。
「今の小学生とその頃の小学生、って違うよね。今は遊びの選択肢がありすぎるし。
昔なんてファミコンか外で遊ぶかの二択じゃん?今なんて遊びどころか小さい頃から自己表現しようと思えばいくらでもできちゃうっていう。
インターネットやってればさ、ニコ生あるわTwitterあるわで。リアルの友達よりネットの友達とコミュニケーション取ることの方が多いんじゃね?」

―何をやっていたんですか?
「ミニ四駆とか···」

―それは竹馬ですか?
「ミニ四駆だよ。あとラジコンかファミコンだよ。他には野球。当たっても痛くないようにゴムボールとプラスティックのバットで野球。
小遣いもらって駄菓子屋行ったり。自慢じゃないけど、ファミコンもラジコンも大会で優勝したことあるよ。ま、よくある少年時代ですよ。」

―フロッピさん、何か伝説ないんですか?
「ないね。中学、高校でもないし。」

―今のDJになってからの所聴きたいんですけど。
「いきなり話とぶんですね。」

―だってもう話ないでしょう?その間。なにも。
「うん、まあ無いけど。」

―テクノやダンスミュージックのきっかけは、なんですか?
「電気グルーヴかなー。当時のファミ通のなんでもランキングみたいなやつで常に一位だったのが電気グルーヴのオールナイトニッポンで、
ずっと気になってて。ある日、オールナイト聴いたらほんとに面白くてハマっちゃったんだよね。
“フラッシュパパメンソール”出した頃だったかな?たしか。」

―小学生の頃からありましたが、人とは違う事に興味ある感じですよね。
「皆と同じもの聴くのカッコわるいって思ってたんだよね。でもあまりにもマイナー過ぎるのもつまらない。
例えばさ、売れているロックがつまんないから、売れていないロックを聴く、ってのも違うじゃん?
マイナーな方を選ぶんじゃなくて、まったく別ベクトルのものを聴きたかったんだよねそれで電気グルーヴにハマった感じだよね。
で、テクノに行き着くと。ちょうどテクノが盛り上がってきた頃だったしね。」

―クラブ自体のデビューは?
「最初行ったクラブってなんだったかなー。渋谷クアトロだったかな。
たしかゲームとテクノの融合のイベントつってゲームの筐体がいっぱいおいてあって「バーチャファイター」とか無料でできます、みたいな。
その同じフロアにブースがあってDJやってるの。」

―その頃からゲームと音楽が好きだったんですね。
「“ポリゴンジャンキー”って言うイベントで。MijkVanDijkとか出てた気がする。
それに遊び行ったのが初めてのクラブイベントかな。そこからちょこちょこと行きだしたのかな。あまり覚えてないなあ。
あとデカいイベントでいうと、「ナチュラルハイ」とか富士急ハイランドでやっていた野外のイベント。卓球さんとかケン·イシイさんとか出ていて。
あれ、まてよ···高校の頃だな「ポリゴンジャンキー」行ったのは。あまり覚えてないなあ。一番最初に爆音で聴いたのどれなんだろう。」

―DJをやるきっかけはどういった経緯なんですか?
「きっかけもよく分からないなあ。でもレコード買ってたからね。」

―それは家で聴く用ですか?
「そうそう、でも最初に買ったのはCDJなの。それも1台だけ。」

―1台のみですか?
「テンポ上げたり下げたりして、すごい機械だ!って楽しんでたよ。ミックスするための機械ってことよく分かってなかったし。」

―ターンテーブルはそのあと買ったんですか?
「レコードプレイヤーは持っていたんだよね。ピッチ変えられないやつ。レコードがケツまでいくと針が自動的に上がって元に戻るやつね。
でもCDJと普通のレコードプレイヤーだけじゃミックスできないし。そもそもミキサーも持ってないし。
しばらくしてからDJやるには、テクニクスのタンテとミキサーがいるってことに気づいて買ったの。
で、それまでに買いためていたレコードを使ってDJするようになったの。
これでいいのかな?って首を傾げながらピッチ合わせして曲繋いで。やり方知らないからね。」

―やり方を教えてもらったりしなかったんですか?
「全然ないよ。すべて自己流だよ。」

―それはいじめられていたからですか?
「誰に!ピッチの合わせ方とかも探りながらやってたよ。
あの頃は音源少ないし、ジャンル今よりバラバラだったなあ。」

―当時はまだ自宅に5,000枚のレコード、無かったんですね。
「全然無いし、きれいだったよ」

―どうして、こうなってしまったんですかね。
「うーん、レコードってつい買っちゃうよね。今は止めとこうって選択肢が無い。欲しいのがあったら買うしかない。」

―昔から買っているからあれだけ溜まるわけですよね。
「ずーっと買ってるからね。15年分だもん。だって月に1枚買ったとしても100枚越えるわけだから」

―はい。レコードは売らないですよね?
「売らないねー。売るの面倒で。売りたいレコードはたくさんあるんだけど。でも買い取ってもらえないようなやつばっかだからなー。15年溜まる一方。」

―最初のDJのきっかけって何ですか?
「俺、最初にDJやったのは自分主催のイベントからなの。」

―友達のイベントに出たりとかではないんですか?
「うん。周りにオーガナイズ経験ある人いなかったからね。」

―それはいじめられていたからですか?
「いじめられていないって!当時やってたのが新宿のGAMOSっていう二丁目のゲイクラブだったんだけど。
あ、俺はゲイじゃないからね。I was gayでもないからね。ほんとだよ。そこで平日にやってた。
箱代安くなるからレギュラーで。3か月に1回くらいでずっとやっていて。」

―お客さん呼ぶのも友達呼んだりとかですか?
「そうだね。イベントに顔だしたり、あとネットを使ったり」

―その頃からネット使っていたんですね。
「テクノ好きがあつまるチャットとかあって。そこで仲良くなった人が来てくれたり。
でもお客さんは少ないよね。知り合いが少ないから。30人入れば大成功ってレベル。」

―それはいくつくらいですか?
「これは二十歳くらいのころ。」

・・・vol.2に続く。

次回予告:もういじめられっ子なんて呼ばせない。弱虫フロッピを変えた「インターネットDJ」。設立に至った経緯に迫る。

インタビュアー : TJMT

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